1980年代、IBMは革新的な製品のアイデアをめぐり、岐路に立っていました。そのアイデアとは、話した言葉を認識し、テキストに変換できる一般消費者向けの製品でした。基盤となる技術はまだ完成していませんでしたが、消費者は非常に熱心でした。そんな製品が本当に出たら、いくらでも支払うと言うのです。
しばらくして、製品の「プレトタイプ」が完成しました。プロトタイプを作る技術もないまま、IBMは実験を開始したのです。とある部屋にコンピューターの画面だけを置き、参加者を招待しました。参加者はタイピングのかわりに、入力したい言葉を話すよう言われました。
マイク出力は実はスピーカーにつながっており、隠れていたタイピストが手動で言葉をタイピングしていました。
技術的な制約でプロトタイプを作れなかったため、IBMはすでにプロトタイプが完成したふりをしたのです。
それから40年近くがたちました。当時「プレトタイプ」と言われたものを、今の私は体験プロトタイピングと呼びます。
プレトタイピングを定義するなら、新製品の持つ潜在的な魅力を、核となる技術を出来る限り小さな投資でシミュレーションし検証すること、となるでしょう。一方で私は、体験プロトタイピングはそれよりはるかに重要だと考えます。体験プロトタイピングは必ずしも製品機能をテストするわけではなく、ユーザーの共感を得るための特定の機能やイノベーションをテストすることなのです。
多くのデザイナーは、「プレトタイピング」を勘違いしています。機能の見た目やユーザーの感じ方ばかりに集中してしまうのです。体験プロトタイピングは、市場における製品の魅力だけに囚われない、製品全体の体験を検証できます。これこそ、デザイナーが次に向かうべきステップです。
「ユーザー体験を検討するとき、私たちはシンプルで美しく、簡単に使えて、ユーザーの人生を手助けする製品の機能を考える。しかし実際には、機能は製品全体のうち小さく、壊れやすい一部分にすぎない。」ニッケル・ブラース
もしもこれが、過去に何度も失敗に終わったイノベーションのミッシングリンクであれば、私たちはこれから、再びこのことを真剣に考えなくてはなりません。失敗をポジティブに捉える文化が根付けば、デザインチームとユーザーの両方を勇気づけることになるでしょう。
体験プロトタイピングは、ただのプロトタイピングやプレトタイピング以上のものです。それは、製品やサービス全体を考慮した体験をテストすることなのです。
※本記事はPretotyping & prototypingを翻訳・再構成したものです。