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スペインの国旗は、赤・黄・赤の3本の横縞の中央に国章を配したデザインで、スペイン語圏では赤と黄の配色にちなんだ「ラ・ロヒグアルダ(la Rojigualda)」という愛称で親しまれています【スペイン語の赤「Rojo」と中世スペイン語の落ち着いた黄色「gualda」を合わせた言葉】。
「赤と黄色にはどんな意味があるの?」と気になる方も多いと思いますが、実は色の意味は法律で定められていません。「闘牛の血と砂」「情熱と太陽」といった解釈は後世の俗説とされており、デザインの直接の起源は、1785年に国王カルロス3世が「海上で他国の旗と見分けやすい旗を」と定めた海軍旗にあります。現在の国旗は1978年制定のスペイン憲法を法的根拠とし、中央の国章は民主化後の1981年に定められたものです。
この記事では、スペイン国旗の色とデザインの規格、ブルゴーニュ十字の時代から第二共和政・フランコ政権を経て現在の国旗に至るまでの歴史、王旗などのバリエーション、そして知って楽しい雑学までを、2026年6月時点の情報としてまとめて解説します。まずは歴代国旗の変遷を一覧表で確認しましょう。
| 時代 | 旗 | 特徴 |
|---|---|---|
| 15世紀以前 | 各王国の紋章旗 | カスティーリャ・レオン・アラゴン・ナバラがそれぞれ独自の紋章を使用 |
| 16世紀初頭〜1785年 | ブルゴーニュ十字 | ハプスブルク家のもとで海軍旗・軍旗として使用された赤いX字の十字旗 |
| 1785年〜 | カルロス3世の海軍旗 | 赤・黄・赤の三色旗。現在の国旗の直接の原型 |
| 1931〜1939年 | 第二共和政の三色旗 | 赤・黄・暗紫の同じ幅の3色構成 |
| 1936〜1977年 | フランコ政権期の国旗 | 赤・黄・赤が復活し、聖ヨハネの鷲をかたどった紋章入り |
| 1978年〜現在 | 現行の国旗 | 1978年憲法が法的根拠。現在の国章は1981年制定 |
色とデザイン
1978年に制定されたスペイン憲法が、国旗の法的根拠となっています。1977年から1982年にかけての一連の勅令(スペインの法制度によって施行された法律)によって、国章【国家を象徴する紋章や徽章】、バナー【国王や騎士の紋章全体をそのまま正方形または長方形の旗にしたもの】、国旗に関する色彩の仕様や規約が定められました。

国旗の仕様
縦の長さをAとした、それぞれの長さの比率
勅令では、国旗の色は赤(Rojo Bandera)と黄色(Amarillo-Gualda Bandera)、全体の縦横比は2:3、または1.5と定められています。16進数のカラーコードは、#AA151B(赤)と#F1BF00(黄)です。
黄色が国旗の高さの約半分を占め、残りの半分を2本の赤い横縞がそれぞれ4分の1ずつ占めています。この国旗に欠かせないのがスペインの国章で、その正確な位置は勅令(1511/1977)によって定められています。
ご覧のとおり、国章は黄色の帯のやや左側にあります。通常の国旗(比率 3:2)では、国章の軸は旗の全長に比例して端から1/2の距離に配置されるのが一般的なルールです。国旗の比率が異なる場合、国章は中央に配置されます。
同様に、国章の適切な高さは、国旗の全高に比例して、2/5(中央)です。
規約と使用規定
スペインの国旗には、守らなければならないいくつかの規則や規約があり、法律で義務付けられています。スペイン国内外を問わず、政府関係の建物では国旗が掲揚される一方、私有地で掲揚する場合は日の出から日没までとするのが原則とされています。
さらに、国旗は公共の建物であろうと個人の建物であろうと水平にしか使用できず、スペインの法律で定められた基準に従う必要があります。
スペイン国旗を他の国旗と一緒に使用する場合、国境内では、まずスペイン国旗、次に外国の国旗、欧州連合の国旗というように、定められた順序に従わなければなりません。
スペイン国旗の歴史
スペイン(そしてヨーロッパ)に国旗という概念が存在するようになったのは、近世後期のことでした。15世紀、スペインはいくつかのキリスト教王国に分割されており、それぞれが紋章を持っていました。これらの王国はアラゴン、カスティーリャ、レオン、ナバラ、そして後のポルトガルです。
これらの王国の中で最も強力だったカスティーリャの紋章は、赤い旗に3つの塔を持つ城が描かれていました。しかし、1230年にカスティーリャとレオンが統一されると、四分割の旗にカスティーリャの砦とレオンの紫色のライオン(左後ろ足立ちの姿)が描かれた、標準的な紋章が採用されました。
そして1475年、アラゴン王フェルディナンド2世とカスティーリャ王妃イサベル1世の共同統治によるスペインのカトリック君主制により、それぞれの王国の紋章が統合され、統一旗となりました。1492年以降、旗は王冠、伝道者聖ヨハネを象徴する鷲、グラナダの紋章を含むように変更されました。
ブルゴーニュ十字とハプスブルク家の紋章

ブルゴーニュ十字
スペイン国王が使用した最も影響力のある旗やバナーの年代順の歴史の中で、ブルゴーニュ十字は際立っています。赤を基調としたブルゴーニュ十字は、聖アンデレ十字【二本の直線が斜めに交差したX十字型の文様であり、名前はキリストの十二使徒のひとりでX字型の十字架で処刑されたとされる聖アンデレに由来する】に鋸歯状の縁取りが施されています。
紋章学の観点からみると、この十字がフランスで最初に登場したのは15世紀のヴァロワ=ブルゴーニュ王のバナーでした。ハプスブルク家の端麗公フィリップがカスティーリャ王になると、ブルゴーニュ十字を王国の公式紋章として採用しました。
ハプスブルク家が権力を握ったことで、ブルゴーニュ十字は1500年代初頭から1810年まで、強大なスペイン帝国の海軍・軍旗として機能することになりました。なお、当時のスペイン国王は、十字ではなく紋章や帝国盾で表されていました。
カスティーリャ王となったフィリップ1世(フェリペ1世、端麗公)の紋章は、それまでの紋章の要素を取り入れたものでした。フィリップ1世の四分割の紋章は、対角線上に並ぶ2つの部分に最初のカトリック君主の紋章を配し、残りの2つの部分には、オーストリア、ブルゴーニュ、ブラバント、フランドル(左後ろ足立ちのライオン)、チロル(赤い鷲)を中央に配した統一紋章が描かれています。

カスティーリャ王フィリップ1世の紋章
スペイン王位継承者であるカール5世は、わずかな変更を加えて同じ紋章を採用しました。カール5世の後、1556年から1700年までのスペイン歴代国王は、この紋章の異なるバリエーションで表現されています。
フィリップ5世とカルロス3世の紋章
国王の紋章に大きな変更が加えられたのは、ブルボン朝のフィリップ5世の治世になってからです。ブルゴーニュ十字と国王の紋章、そして両脇に2頭のライオンを配した彼の軍旗は、外国の影響を排除した史上初のスペインの統一シンボルでした。しかし、決定的な貢献をしたのは息子のカルロス3世です。
1760年、スペインの支配者となったカルロス3世は、既存の海軍旗が他のヨーロッパの軍旗と酷似していることに批判的な見解を示しました。
それを是正するために、1785年、赤-黄-赤の配色で、黄色の帯が赤の帯の2倍の大きさの新しい三色旗を発注しました。この旗には、簡略化された楕円形の国王の紋章が使用されました。この海軍旗が、全体として現代のスペイン国旗の直接の前身となります。

カルロス3世時代のスペイン海軍旗
カルロス3世は、民間用または商人用に同じ色の組み合わせの旗を採用しましたが、その比率は1:1:2:2:1:1でした。
第二共和制下のスペイン国旗
1931年4月14日、スペインの君主制が終わり、スペイン第二共和政が誕生しました。この政権では、新しい国旗が採用され、三色旗で暗紅色(濃い紫色)が加えられました。現在の国旗とは異なり、この国旗の横帯は同じ幅です。
伝統的な赤と黄色は旧アラゴン王国の象徴でしたが、新たに加えられた紫は統一されたカスティーリャとレオンの王国の象徴でした。

スペイン第二共和政時代の国旗
第二共和政の紋章(中央)には、アラゴン、カスティーリャ、レオン、ナバラの紋章が描かれています。最下部にはグラナダのシンボルがあり、紋章の左右にはヘラクレスの柱、上部には城壁冠【ヘレニズム文化において女神テュケーが被っていた、城壁のような形の冠】があります。
内戦後
1936年、わずか5年間の第二共和政の時代を経て、スペインでは共和国政府側と、後にフランコが率いることになる反乱軍側(国民派・右派勢力)との間で内戦が勃発しました。1939年に第二共和政が崩壊し、紛争は終結します。
フランシスコ・フランコ率いる事実上の軍事独裁政権であった国民派政権下では、帝国時代の二色旗が復活しました。1936年から1977年の間に、スペイン国旗には少なくとも3つの異なるバージョンの国王の紋章が登場します。最初の紋章は共和政時代のものを借用したものの、30年代後半から40年代半ばにかけて変更が加えられました。

フランコ政権下の国旗(1938年~1945年)
おそらく最も顕著な変化は、1938年に聖ヨハネの鷲をかたどった紋章が追加されたことでしょう。このバージョンの国王の紋章はやや大きく、左寄りに配置されていました。その後、1945年に国旗に関する規定が制定され、従来の紋章が変更されました。1938年と1945年の国王の紋章の特筆すべき類似点は、鷲の翼がヘラクレスの柱の内側に配置されていることです。
現在のスペインの紋章は、スペイン移行期【民主化】の1981年12月19日に制定されました。この紋章には、カスティーリャ、レオン、アラゴン、グラナダの伝統的な紋章とヘラクレスの柱が含まれています。聖ヨハネの鷲と、くびき【2頭の牛をつなぐ器具】と矢のシンボルは取り除かれました。
使用されている国旗の現代的バリエーション
他の多くのヨーロッパ諸国と同様、スペインも旗(国旗以外の旗)を使って政府機関や民間企業を表しています。
首相、副首相、上院議長、下院議長を含む政府トップレベルの高官は、正方形の旗(1:1の比率)で表されます。スペイン国旗と同じものをスペイン国軍も使用しています。
スペイン海軍のジャック(正方形の旗)は、スペインの伝統的な紋章であるカスティーリャ、レオン、アラゴン、ナバラの4つだけで構成されているため、比較的ユニークな旗です。
スペインは、船上で最大の旗であるヨット旗を掲げている数少ない国のひとつです。この旗は、紋章の代わりに青い王冠が中央に描かれています。同様に、税関監視署の旗には、スペイン王室財務省のマークである二重王冠のHマークがあしらわれています。
スペイン王旗

王旗
議会君主制国家であるスペインでは、国王が最高位の地位にあります。国王(君主)は、真紅の正方形のワッペンの中央に国王の紋章が描かれた王旗で表されます。この旗は通常、スペインの国王公邸やその他の王室の場所に掲げられています。
いくつかの興味深い事実
アメリカのテキサス州会議事堂のドームには、カスティーリャ・レオン王家の旗が掲げられています。スペイン国旗は、「テキサスの6つの旗」として知られる他の5つの紋章と並んでいます。同様に、この旗はアラバマ州モービル市の印章にも描かれています。
エネルギー大手シェル(旧ロイヤル・ダッチ・シェル。2022年に社名をShell plcに変更)の赤と黄色を基調としたロゴは、スペイン国旗の色からインスピレーションを得たと考えられています。別の話ですが、アメリカで最も早くシェルが設立したガソリンスタンドのひとつは、西ヨーロッパ諸国と歴史的に良好な関係にあるカリフォルニア州に設置されました。
よくある質問
Q. スペイン国旗の赤と黄色にはどんな意味がありますか?
A. 法律で色の意味は定められていません。「闘牛の血と砂」「情熱と太陽」といった解釈は後世の俗説とされており、実際には1785年にカルロス3世が、海上で他国の旗と見分けやすいようにこの配色の海軍旗を採用したことが直接の由来です。
Q. 現在のスペイン国旗はいつ制定されましたか?
A. 現行国旗の法的根拠は1978年制定のスペイン憲法です。デザインの原型は1785年のカルロス3世の海軍旗にさかのぼり、中央の国章は民主化後の1981年12月に定められた現行版が使われています。
Q. 国章が入っていない赤と黄色だけの旗もスペイン国旗ですか?
A. はい。国章のない赤・黄・赤の旗は民間用の旗として認められており、スポーツ観戦などで広く使われています。一方、政府機関などの公的な場で掲げられる国旗には原則として国章が入ります。
まとめ
スペイン国旗は、1785年にカルロス3世が定めた海軍旗を原型とし、ブルゴーニュ十字の時代、第二共和政の三色旗、フランコ政権期の紋章入り国旗といった変遷を経て、1978年憲法と1981年の国章制定によって現在の形になりました。赤と黄色の配色そのものに公式な意味はありませんが、その背景には王国の統合と分裂、共和政と独裁、そして民主化というスペイン史そのものが刻まれています。国旗の由来を知っておくと、スペイン旅行やサッカー観戦の風景も少し違って見えるはずです。
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未来のミライとは
未来のミライは2018年に公開された映画作品。原作・脚本・監督共に、細田守によるもの。細田監督の長編オリジナルアニメーション映画の6作目にあたり、映画の中に描かれた景色や建築物などの美しい描写が、第71回カンヌ国際映画祭において高い評価を受けた。
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未来のミライの主題歌
未来のミライとはどんな作品?あらすじを紹介
主人公はある家庭に生まれた4歳の男の子、太田訓こと「くんちゃん」。物語は妹の未来ちゃんを出産したお母さんが、家に帰ってくる所から始まります。新しい家族を迎え幸せなムードが広がっていく中、くんちゃんは全く面白くありません。これまで自分に向けられていた家族の愛が、妹の未来ちゃんに持っていかれたからです。仲間外れにされていると感じたくんちゃんは、未来ちゃんに意地悪したり、お母さんに我儘を言って暴れたりと迷惑な行動を繰り返してしまうのです。疎外感を感じる毎日を送っているくんちゃんに、ある日から不思議な出来事が起こり始めます。庭にこれまでと違う世界が姿を現し、貴族の姿をした男性やセーラー服姿の女の子、小さな女の子や、謎の青年と出会うのです。この人物達、実はくんちゃんの家族の未来や過去の姿でした。時代を超えた家族との触れ合いの中で、くんちゃんは成長し、未来ちゃんのお兄ちゃんになる事を決意するのでした。
未来のミライの良いところ、オススメポイントは?
まず映画全体を通して感じたのは、本当に景色や町並みの描写が美しいということ。遠くから近くにカメラがアップになっていく様など、それだけで感動的な気分になりました。他に、登場人物の動きも細かくこだわりを感じました。特に主人公のくんちゃんの子供らしい動きです。妹にお母さんをとられた子供がよく起こすトラブルなどが見事に再現されており、映画を見ながら「ああ、これは分かる分かる」と頷いてしまいましたね。くんちゃんの声は上白石萌歌さんが担当していたのですが、この声がまた良かったです。声優さん達の配役も結構マッチしておりましたので、誰が担当しているかをあえて知らずに見てみるのも面白いかもしれませんね。
未来のミライのみどころ1「リアルな心情描写」※ネタバレ注意
お父さんとお母さんにほったらかされ、分かり易いくらいわがままを言って大暴れするくんちゃんの姿を見ていると見てて可愛そうになってきます。お母さんの愛情をとられたと思い込んだお兄ちゃんの描写がそれだけリアルに表現されているということですね。映画の中盤のみどころになりますが、そんなくんちゃんの前に次々と現れる謎の人物達。庭の大樹が青く光ると、違う世界への扉が開かれます(くんちゃんは気がついていませんでしたが)。貴族風の男性はペットの犬である「ゆっこ」の姿、セーラー服の女の子は未来ちゃんが成長した姿など。くんちゃんとの掛け合いが面白く、対は誰が出てくるのかな?と楽しみな気分にさせてくれます。
未来のミライのみどころ2「物語の後半」※ネタバレ注意
物語は後半の場面。くんちゃんは未来の東京駅に迷い込んでしまいます。たくさんの人々が無関心に行き交う中、不安な気持ちでいっぱいになりながらもどうにか対処しようとするくんちゃんの頑張る姿が本当に見事でした。未来の東京駅は遺失物の係をロボットが担当しているほど発展した世界で、くんちゃんもこの遺失物係のロボットに自分の状況を説明するのですが、ここでロボットは重要な問いかけをくんちゃんにしてくるのです。「お父さんの名前は?」「お母さんの名前は?」「他の家族の名前は?」答えられないくんちゃん。次の瞬間、「ひとりぼっちの国」に連れて行くという恐ろしい形をした列車に乗せられそうになるくんちゃん。自分はなんとか脱出出来ましたが、ふと横を見ると未来ちゃんが列車に吸い込まれそうになっていました。くんちゃんは慌てて未来ちゃんを止めようとします、必死に助けようとする中で、自分が未来ちゃんの兄であることを自覚し、そして未来ちゃんを見事に守り抜きました。ここはこの作品内屈指の名場面ですね。
未来のミライの主要キャラクターを紹介
主人公の太田訓こと「くんちゃん」・・・年齢は4歳の元気いっぱいの男の子。新しい妹にお父さんとお母さんをとられたと思ってしまい、わがままを爆発させる。物語を通して、未来ちゃんの兄として成長する。
未来ちゃん・・・主人公であるくんちゃんの妹で物語のヒロイン的な役割。赤ちゃんであるが物語の途中、成長した姿でくんちゃんの前に現れる。物語終盤で、くんちゃんを別世界から救い出す重要な役割を持っている。
謎の青年・・・くんちゃんが別世界で出会う青年。最終的にくんちゃんの憧れの存在となり、くんちゃんに大きな影響を与えることになる。実はくんちゃんの曾祖父。
未来のミライの感想とまとめ
現代の日本を舞台として、わずか4歳の男の子が主人公という面白い角度で切り込んだ作品だなと思いました。とにかくごく普通の家庭がごく普通に幸せな生活をしており、これまたよくあるお兄ちゃんの悩みに視点を当て、そこに非現実的な世界観が本当にさりげない感じで織り交ざっていく感じが本当に面白かったです。お話をまとめると、最初は妹が嫌いでお兄ちゃんじゃない!と子供らしい宣言をしていた主人公が、非現実的な世界に登場する本当の家族と出会って行く中で成長していき、最後はお兄ちゃんになるという物語ですかね。
未来のミライはこんな人におすすめ!
特に小学生の男の子におすすめしたいと思います。映画を見て自分と重なってしまい、思わず笑ってしまう子供達がたくさんいそうですよね。
子供だけでなくどの世代の人が見ても、どこか共感出来る部分が必ずあると思います。
妹がいる人は特に楽しめるかもしれませんが。
未来のミライのキャスト
太田訓(くんちゃん):上白石萌歌 / 主人公の男の子で、元気いっぱいの4歳。妹の未来ちゃんに嫉妬している。
太田未来(ミライちゃん):黒木華・本渡楓(幼少期)/ くんちゃんの妹で生まれたばかりの赤ちゃん。成長した姿でくんちゃんの前に現れる。
おとうさん:星野源 / 在宅で仕事をしている建築家。家事に翻弄されている。
おかあさん:麻生久美子 / 仕事に育児に頑張る。未来ちゃんに係りきりになっているが、くんちゃんの事も大事に思っている。
ゆっこ:吉原光夫 / 太田家で飼われているペット。犬種はミニチュアダックスフンド
貴族風の男:吉原光夫 / くんちゃんの前に現れた謎の男。正体はペットのゆっこが変身した姿。
ばあば:宮崎美子 / お母さんを助けるため、太田家を影で支える。
じいじ:役所広司 / ひな祭りのシーンに登場し、未来ちゃんを撮影しようとして、くんちゃんに邪魔される。
謎の青年:福山雅治 / くんちゃんが別世界で出会う青年。くんちゃんに「かっこいい」と言わしめた好青年で実はくんちゃんの曾祖父
謎の男子高校生:畠中祐 / 別世界のバス亭で出会う、ちょっとクールな高校生。実はくんちゃん本人の未来の姿。
謎の少女:雑賀桜 / 別世界の町で出会うおてんばな少女。実はお母さんの昔の姿。
遺失物受付のロボット:神田松之丞 / 発展した東京駅で受け付けを担当しているロボット。物語終盤でくんちゃんに重大な問いかけをする。
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スペインの国旗は、赤・黄・赤の3本の横縞の中央に国章を配したデザインで、スペイン語圏では赤と黄の配色にちなんだ「ラ・ロヒグアルダ(la Rojigualda)」という愛称で親しまれています【スペイン語の赤「Rojo」と中世スペイン語の落ち着いた黄色「gualda」を合わせた言葉】。
「赤と黄色にはどんな意味があるの?」と気になる方も多いと思いますが、実は色の意味は法律で定められていません。「闘牛の血と砂」「情熱と太陽」といった解釈は後世の俗説とされており、デザインの直接の起源は、1785年に国王カルロス3世が「海上で他国の旗と見分けやすい旗を」と定めた海軍旗にあります。現在の国旗は1978年制定のスペイン憲法を法的根拠とし、中央の国章は民主化後の1981年に定められたものです。
この記事では、スペイン国旗の色とデザインの規格、ブルゴーニュ十字の時代から第二共和政・フランコ政権を経て現在の国旗に至るまでの歴史、王旗などのバリエーション、そして知って楽しい雑学までを、2026年6月時点の情報としてまとめて解説します。まずは歴代国旗の変遷を一覧表で確認しましょう。
| 時代 | 旗 | 特徴 |
|---|---|---|
| 15世紀以前 | 各王国の紋章旗 | カスティーリャ・レオン・アラゴン・ナバラがそれぞれ独自の紋章を使用 |
| 16世紀初頭〜1785年 | ブルゴーニュ十字 | ハプスブルク家のもとで海軍旗・軍旗として使用された赤いX字の十字旗 |
| 1785年〜 | カルロス3世の海軍旗 | 赤・黄・赤の三色旗。現在の国旗の直接の原型 |
| 1931〜1939年 | 第二共和政の三色旗 | 赤・黄・暗紫の同じ幅の3色構成 |
| 1936〜1977年 | フランコ政権期の国旗 | 赤・黄・赤が復活し、聖ヨハネの鷲をかたどった紋章入り |
| 1978年〜現在 | 現行の国旗 | 1978年憲法が法的根拠。現在の国章は1981年制定 |
色とデザイン
1978年に制定されたスペイン憲法が、国旗の法的根拠となっています。1977年から1982年にかけての一連の勅令(スペインの法制度によって施行された法律)によって、国章【国家を象徴する紋章や徽章】、バナー【国王や騎士の紋章全体をそのまま正方形または長方形の旗にしたもの】、国旗に関する色彩の仕様や規約が定められました。

国旗の仕様
縦の長さをAとした、それぞれの長さの比率
勅令では、国旗の色は赤(Rojo Bandera)と黄色(Amarillo-Gualda Bandera)、全体の縦横比は2:3、または1.5と定められています。16進数のカラーコードは、#AA151B(赤)と#F1BF00(黄)です。
黄色が国旗の高さの約半分を占め、残りの半分を2本の赤い横縞がそれぞれ4分の1ずつ占めています。この国旗に欠かせないのがスペインの国章で、その正確な位置は勅令(1511/1977)によって定められています。
ご覧のとおり、国章は黄色の帯のやや左側にあります。通常の国旗(比率 3:2)では、国章の軸は旗の全長に比例して端から1/2の距離に配置されるのが一般的なルールです。国旗の比率が異なる場合、国章は中央に配置されます。
同様に、国章の適切な高さは、国旗の全高に比例して、2/5(中央)です。
規約と使用規定
スペインの国旗には、守らなければならないいくつかの規則や規約があり、法律で義務付けられています。スペイン国内外を問わず、政府関係の建物では国旗が掲揚される一方、私有地で掲揚する場合は日の出から日没までとするのが原則とされています。
さらに、国旗は公共の建物であろうと個人の建物であろうと水平にしか使用できず、スペインの法律で定められた基準に従う必要があります。
スペイン国旗を他の国旗と一緒に使用する場合、国境内では、まずスペイン国旗、次に外国の国旗、欧州連合の国旗というように、定められた順序に従わなければなりません。
スペイン国旗の歴史
スペイン(そしてヨーロッパ)に国旗という概念が存在するようになったのは、近世後期のことでした。15世紀、スペインはいくつかのキリスト教王国に分割されており、それぞれが紋章を持っていました。これらの王国はアラゴン、カスティーリャ、レオン、ナバラ、そして後のポルトガルです。
これらの王国の中で最も強力だったカスティーリャの紋章は、赤い旗に3つの塔を持つ城が描かれていました。しかし、1230年にカスティーリャとレオンが統一されると、四分割の旗にカスティーリャの砦とレオンの紫色のライオン(左後ろ足立ちの姿)が描かれた、標準的な紋章が採用されました。
そして1475年、アラゴン王フェルディナンド2世とカスティーリャ王妃イサベル1世の共同統治によるスペインのカトリック君主制により、それぞれの王国の紋章が統合され、統一旗となりました。1492年以降、旗は王冠、伝道者聖ヨハネを象徴する鷲、グラナダの紋章を含むように変更されました。
ブルゴーニュ十字とハプスブルク家の紋章

ブルゴーニュ十字
スペイン国王が使用した最も影響力のある旗やバナーの年代順の歴史の中で、ブルゴーニュ十字は際立っています。赤を基調としたブルゴーニュ十字は、聖アンデレ十字【二本の直線が斜めに交差したX十字型の文様であり、名前はキリストの十二使徒のひとりでX字型の十字架で処刑されたとされる聖アンデレに由来する】に鋸歯状の縁取りが施されています。
紋章学の観点からみると、この十字がフランスで最初に登場したのは15世紀のヴァロワ=ブルゴーニュ王のバナーでした。ハプスブルク家の端麗公フィリップがカスティーリャ王になると、ブルゴーニュ十字を王国の公式紋章として採用しました。
ハプスブルク家が権力を握ったことで、ブルゴーニュ十字は1500年代初頭から1810年まで、強大なスペイン帝国の海軍・軍旗として機能することになりました。なお、当時のスペイン国王は、十字ではなく紋章や帝国盾で表されていました。
カスティーリャ王となったフィリップ1世(フェリペ1世、端麗公)の紋章は、それまでの紋章の要素を取り入れたものでした。フィリップ1世の四分割の紋章は、対角線上に並ぶ2つの部分に最初のカトリック君主の紋章を配し、残りの2つの部分には、オーストリア、ブルゴーニュ、ブラバント、フランドル(左後ろ足立ちのライオン)、チロル(赤い鷲)を中央に配した統一紋章が描かれています。

カスティーリャ王フィリップ1世の紋章
スペイン王位継承者であるカール5世は、わずかな変更を加えて同じ紋章を採用しました。カール5世の後、1556年から1700年までのスペイン歴代国王は、この紋章の異なるバリエーションで表現されています。
フィリップ5世とカルロス3世の紋章
国王の紋章に大きな変更が加えられたのは、ブルボン朝のフィリップ5世の治世になってからです。ブルゴーニュ十字と国王の紋章、そして両脇に2頭のライオンを配した彼の軍旗は、外国の影響を排除した史上初のスペインの統一シンボルでした。しかし、決定的な貢献をしたのは息子のカルロス3世です。
1760年、スペインの支配者となったカルロス3世は、既存の海軍旗が他のヨーロッパの軍旗と酷似していることに批判的な見解を示しました。
それを是正するために、1785年、赤-黄-赤の配色で、黄色の帯が赤の帯の2倍の大きさの新しい三色旗を発注しました。この旗には、簡略化された楕円形の国王の紋章が使用されました。この海軍旗が、全体として現代のスペイン国旗の直接の前身となります。

カルロス3世時代のスペイン海軍旗
カルロス3世は、民間用または商人用に同じ色の組み合わせの旗を採用しましたが、その比率は1:1:2:2:1:1でした。
第二共和制下のスペイン国旗
1931年4月14日、スペインの君主制が終わり、スペイン第二共和政が誕生しました。この政権では、新しい国旗が採用され、三色旗で暗紅色(濃い紫色)が加えられました。現在の国旗とは異なり、この国旗の横帯は同じ幅です。
伝統的な赤と黄色は旧アラゴン王国の象徴でしたが、新たに加えられた紫は統一されたカスティーリャとレオンの王国の象徴でした。

スペイン第二共和政時代の国旗
第二共和政の紋章(中央)には、アラゴン、カスティーリャ、レオン、ナバラの紋章が描かれています。最下部にはグラナダのシンボルがあり、紋章の左右にはヘラクレスの柱、上部には城壁冠【ヘレニズム文化において女神テュケーが被っていた、城壁のような形の冠】があります。
内戦後
1936年、わずか5年間の第二共和政の時代を経て、スペインでは共和国政府側と、後にフランコが率いることになる反乱軍側(国民派・右派勢力)との間で内戦が勃発しました。1939年に第二共和政が崩壊し、紛争は終結します。
フランシスコ・フランコ率いる事実上の軍事独裁政権であった国民派政権下では、帝国時代の二色旗が復活しました。1936年から1977年の間に、スペイン国旗には少なくとも3つの異なるバージョンの国王の紋章が登場します。最初の紋章は共和政時代のものを借用したものの、30年代後半から40年代半ばにかけて変更が加えられました。

フランコ政権下の国旗(1938年~1945年)
おそらく最も顕著な変化は、1938年に聖ヨハネの鷲をかたどった紋章が追加されたことでしょう。このバージョンの国王の紋章はやや大きく、左寄りに配置されていました。その後、1945年に国旗に関する規定が制定され、従来の紋章が変更されました。1938年と1945年の国王の紋章の特筆すべき類似点は、鷲の翼がヘラクレスの柱の内側に配置されていることです。
現在のスペインの紋章は、スペイン移行期【民主化】の1981年12月19日に制定されました。この紋章には、カスティーリャ、レオン、アラゴン、グラナダの伝統的な紋章とヘラクレスの柱が含まれています。聖ヨハネの鷲と、くびき【2頭の牛をつなぐ器具】と矢のシンボルは取り除かれました。
使用されている国旗の現代的バリエーション
他の多くのヨーロッパ諸国と同様、スペインも旗(国旗以外の旗)を使って政府機関や民間企業を表しています。
首相、副首相、上院議長、下院議長を含む政府トップレベルの高官は、正方形の旗(1:1の比率)で表されます。スペイン国旗と同じものをスペイン国軍も使用しています。
スペイン海軍のジャック(正方形の旗)は、スペインの伝統的な紋章であるカスティーリャ、レオン、アラゴン、ナバラの4つだけで構成されているため、比較的ユニークな旗です。
スペインは、船上で最大の旗であるヨット旗を掲げている数少ない国のひとつです。この旗は、紋章の代わりに青い王冠が中央に描かれています。同様に、税関監視署の旗には、スペイン王室財務省のマークである二重王冠のHマークがあしらわれています。
スペイン王旗

王旗
議会君主制国家であるスペインでは、国王が最高位の地位にあります。国王(君主)は、真紅の正方形のワッペンの中央に国王の紋章が描かれた王旗で表されます。この旗は通常、スペインの国王公邸やその他の王室の場所に掲げられています。
いくつかの興味深い事実
アメリカのテキサス州会議事堂のドームには、カスティーリャ・レオン王家の旗が掲げられています。スペイン国旗は、「テキサスの6つの旗」として知られる他の5つの紋章と並んでいます。同様に、この旗はアラバマ州モービル市の印章にも描かれています。
エネルギー大手シェル(旧ロイヤル・ダッチ・シェル。2022年に社名をShell plcに変更)の赤と黄色を基調としたロゴは、スペイン国旗の色からインスピレーションを得たと考えられています。別の話ですが、アメリカで最も早くシェルが設立したガソリンスタンドのひとつは、西ヨーロッパ諸国と歴史的に良好な関係にあるカリフォルニア州に設置されました。
よくある質問
Q. スペイン国旗の赤と黄色にはどんな意味がありますか?
A. 法律で色の意味は定められていません。「闘牛の血と砂」「情熱と太陽」といった解釈は後世の俗説とされており、実際には1785年にカルロス3世が、海上で他国の旗と見分けやすいようにこの配色の海軍旗を採用したことが直接の由来です。
Q. 現在のスペイン国旗はいつ制定されましたか?
A. 現行国旗の法的根拠は1978年制定のスペイン憲法です。デザインの原型は1785年のカルロス3世の海軍旗にさかのぼり、中央の国章は民主化後の1981年12月に定められた現行版が使われています。
Q. 国章が入っていない赤と黄色だけの旗もスペイン国旗ですか?
A. はい。国章のない赤・黄・赤の旗は民間用の旗として認められており、スポーツ観戦などで広く使われています。一方、政府機関などの公的な場で掲げられる国旗には原則として国章が入ります。
まとめ
スペイン国旗は、1785年にカルロス3世が定めた海軍旗を原型とし、ブルゴーニュ十字の時代、第二共和政の三色旗、フランコ政権期の紋章入り国旗といった変遷を経て、1978年憲法と1981年の国章制定によって現在の形になりました。赤と黄色の配色そのものに公式な意味はありませんが、その背景には王国の統合と分裂、共和政と独裁、そして民主化というスペイン史そのものが刻まれています。国旗の由来を知っておくと、スペイン旅行やサッカー観戦の風景も少し違って見えるはずです。







