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歴史に残る人々! 世界の著名な宇宙飛行士15人

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本記事は、15 Most Famous Astronauts In the World | Of All Time
翻訳・再構成したものです。
配信元または著者の許可を得て配信しています。

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読了時間 : 約11分7秒

国際航空連盟(World Air Sports Federation【以下、FAIと表記】)の基準では、高度100km(カーマン・ライン【海抜高度100km(62.1マイル)に引かれた仮想のライン】)を超えて飛行した者を「宇宙飛行士」としています。しかし、アメリカの基準では、この距離は80km(50マイル)に短縮されています。

 

FAIの定義によると、2018年現在、宇宙を飛行したり、高度100kmに到達したりした人は553人。このうち、地球低軌道(160~2000km)を超えて飛行した人は24人しかいません。アメリカの分類では、558人が宇宙飛行を行っています。

 

人類が宇宙飛行を行うようになってから、多くの宇宙飛行士がこの分野の発展に貢献してきたことは明らかです。そのため、宇宙飛行士を選ぶのはもちろんのこと、その著名性に基づいてランク付けするのも難しいことです。それでも、他の人よりも人気や影響力のある名前があることも事実です。この記事では、世界で最も有名な宇宙飛行士15人を紹介します。

 

15. マーク・ガルノー

画像提供:NASA【アメリカ航空宇宙局】

 

栄誉:国際宇宙の殿堂入り、カナダ宇宙庁副長官

 

1984年10月5日、スペースシャトル・チャレンジャーSTS-41-Gがケネディ宇宙センターから打ち上げられ、マルク・ガルノーはカナダ人初の宇宙飛行士となりました。STS-41-Gのミッション自体が前例のないものでしたが、その理由はいくつかあります。史上初の7名のクルーを乗せた宇宙ミッションであり、そのうち2名が女性であったこと。また、アメリカの女性宇宙飛行士が初めて船外活動を行ったのもこのミッションでした。

 

初期の宇宙飛行士の多くがそうであったように、ガルノーも1974年にカナダ海軍のエンジニアとして軍でのキャリアをスタートさせました。1983年、カナダ宇宙飛行士団(CAP)に、将来の有人宇宙ミッションを目指して採用された最初の6人の候補者の1人でした。

 

ガルノーは1989年に海軍を退役し、CAPの幹部職に就きました。ここでは、CAPCOM(宇宙船通信士)として専門的な訓練を受け、1996年5月19日(STS-77)、2000年11月30日(STS-97)と2度の宇宙への帰還を果たしました。

 

ガルノーの宇宙飛行時間は670時間を超えています。

 

14. カルパナ・チャウラ

STS-107の7名のクルー(中央がカルパナ・チャウラ)|画像提供:NASA

 

栄誉:米国議会宇宙名誉勲章
さらなる評価:小惑星51826およびカルパナ-1(インド初の気象観測専用機)、いずれも彼女の名前にちなんで命名された

 

カルパナ・チャウラは、インド出身の女性で初めて宇宙に行った人物で、しかも2度も宇宙に行っています。1988年にNASAに加わる前、チャウラはテキサス大学アーリントン校で航空宇宙工学の修士号を取得しました。それ以前に、インドのパンジャブ州の大学を卒業しています。

 

カルパナ・チャウラは、NASAでV/STOL(垂直・短距離離着陸機)の概念について幅広く研究を行いました。1995年にNASAの宇宙飛行士団に参加し、1年後に最初のミッションに選ばれました。

 

その最初の宇宙ミッション(スペースシャトル・コロンビア号 STS-87)では、太陽電池探査機SPARTAN-201の配備を担当しましたが、最終的には失敗に終わりました。2003年1月、宇宙ミッションSTS-107の一員として再び宇宙に戻り、15日間にわたって微小重力と大気中の塵に関する一連の実験を行いました。

 

大気圏に再突入した際、このシャトルは深刻な故障に見舞われ、その直後に崩壊しました。カルパナ・チャウラを含む7名のクルー全員がこの事故で亡くなりました。

 

13. メイ・キャロル・ジェミソン

スペースラブ・ジャパンに搭乗するジェミソン

 

栄誉:国際宇宙の殿堂およびアメリカ女性の殿堂入り
偉業:アフリカ系アメリカ人(女性)初の宇宙飛行士

 

メイ・キャロル・ジェミソンは、1956年10月17日にアラバマ州ディケーターで生まれました。幼い頃から宇宙に興味を持ち、もっと多くの女性が宇宙飛行士になるべきだと考えていました。

 

ジェミソンは、1986年のチャレンジャー号の事故の後、最初に選ばれた候補者の一人として、1987年にNASAの宇宙飛行士訓練プログラムに受け入れられました。NASAに加わる前は、医学の学位を取得した後、1983年から1985年にかけてアメリカの「平和部隊」でボランティア活動を行い、短期間の医療行為を行いました。これまでのところ、工学、科学、人文科学の分野で9つの名誉博士号を取得しています。

 

ジェミソンは、1992年9月12日、STS-47(スペースシャトル・エンデバー)の打ち上げに成功し、アフリカ系女性として初めて宇宙に到達しました。また、このミッションでは、日本人初の宇宙飛行士と、初の夫婦が宇宙に行きました。

 

ミッション終了後、ジェミソンはNASAを離れ、民間の宇宙研究会社を設立しました。また、SFファンの間では、「スタートレック」のエピソードに出演したことでも有名です。

 

12. ギオン・ブルーフォード

1983年、STS-8に搭乗したギオン・ブルーフォード

 

栄誉:全米航空殿堂および全米宇宙飛行士殿堂入り、NASA殊勲賞(NASAが授与できる最高の賞)受賞
偉業:アフリカ系アメリカ人(男性)初の宇宙飛行士

 

ギオン・ブルーフォードは、1942年11月22日にペンシルバニア州フィラデルフィアで生まれました。幼い頃から科学に興味を持っていたことにより、学業面の成績は優秀でした。航空宇宙工学の学士号、修士号、博士号を取得したほか、当時の宇宙飛行士としては珍しく、MBAも取得しています。

 

ブルーフォードは、1966年1月から1976年までの10年間、アメリカ空軍に所属していました。T-38、F-4C、F5A/B、U-2など、様々なジェット機に乗り、5,200時間以上のフライトを経験しました。

 

1978年1月、NASAはブルーフォードを宇宙飛行士プログラムに選出しましたが、彼が初の宇宙飛行を行うのは1983年になってからのことでした。1983年8月30日、STS-8(初の夜間打ち上げ・着陸ミッション)の打ち上げに成功し、アフリカ系アメリカ人として初めて宇宙に到達しました。

 

事実:アフリカ系アメリカ人が初めて宇宙に行ったのは、1980年にソユーズ38号(ソ連宇宙計画)に搭乗したキューバ人宇宙飛行士のアルナルド・タマヨ・メンデスでした。

 

11. スコット・ケリー

スコット・ケリーとバラク・オバマ元アメリカ大統領

 

栄誉:NASA殊勲賞受賞、その他多数の宇宙関連メダルを受賞

 

スコット・ケリーは、アメリカの元宇宙飛行士、エンジニア、海軍大佐であり、宇宙マニアの間では最も有名な人物の一人です。NASAの宇宙飛行士としての21年間の長いキャリアの中で、これまでに4回の宇宙飛行を経験しています。

 

合わせて520日という驚異的な日数を宇宙で過ごしています(アメリカ人としては3番目に多い)。また、3回の船外活動で18時間以上を記録しています。

 

スコットの初宇宙飛行は1999年12月、ハッブル【地上約600km上空の軌道上を周回する宇宙望遠鏡】の第3次サービスミッションであるSTS-103に搭乗して行われました。その約8年後の2007年、スコットはスペースシャトル・ディスカバリーのSTS-118の船長として、2度目の宇宙飛行を行いました。

 

3回目(2010年10月)と4回目(2012年11月)の宇宙訪問は、国際宇宙ステーションでの長期滞在ミッション(第26次、第45次、第46次)の一環として行われました。

 

10. アレクセイ・レオーノフ

アレクセイ・レオーノフ(右)とアントン・シュカプレロフ【ロシアの宇宙飛行士】

 

栄誉:ソビエト連邦英雄(2回)、国際宇宙の殿堂および国際航空宇宙の殿堂入り、FAIゴールドスペースメダル受賞
偉業:世界で初めて宇宙遊泳・船外活動を行った人物

 

アレクセイ・レオーノフは、旧ソ連で最も尊敬されている宇宙飛行士の一人です。宇宙遊泳や船外活動を初めて行った人物であり、計画通りに進んでいれば、初めて月に降り立ったのはソ連の宇宙飛行士だったかもしれません。

 

1965年3月18日、ボスホート2号で地球低軌道に到達した後、レオーノフとその同僚クルーは、史上初の船外活動のために必要な準備を行いました。宇宙遊泳は12分8秒にわたって行われました。宇宙遊泳の終了間際、レオーノフの宇宙服に重大な不具合が発生し、一時的に宇宙船への再搭乗ができなくなりました。

 

レオーノフは、1975年7月、歴史的なアポロ・ソユーズ計画(米ソ初の宇宙探査)に参加したソユーズ19号の船長として、2度目にして最後の宇宙への帰還を果たしました。

 

9. チャールズ・ピート・コンラッド

栄誉:米国議会宇宙名誉勲章、NASA殊勲賞およびNASA特別功労賞(2つ)、ゴールドメダル(FAI)
偉業:月面を歩いた3人目の人間

 

人類で3番目に月面に到達したチャールズ・ピート・コンラッドは、世界で最も有名な宇宙飛行士のリストに名を連ねるのに十分な資格を持っています。しかし、彼の他の功績も見逃してはなりません。

 

プリンストン大学を卒業したコンラッドは、アイビーリーグ出身で初のNASA宇宙飛行士となりました。大学卒業後、彼はアメリカ海軍に入隊し、戦闘機のパイロットとして訓練を受けます。1958年、NASAはコンラッドに「マーキュリー・セブン」計画【アメリカ初の有人宇宙飛行「マーキュリー計画」のため、1959年4月9日にNASAによって選抜された7名の宇宙飛行士】の宇宙飛行士選考のためにアプローチしましたが、結局は拒否されました。

 

約4年後、次の宇宙飛行士を探しているときに、コンラッドは再び候補に挙がり、今度は海軍時代からの知り合いであるアラン・シェパードに追い求められることになりました。

 

コンラッドの初の宇宙飛行は、1965年8月21日にジェミニ5号に搭乗して行われました。このミッションでは、アポロ計画のために計画されたいくつかの重要なシステムと作戦がテストされました。宇宙船とコンラッドを含む2人のクルーは、宇宙空間で約8時間を過ごし、新たな耐久記録を樹立しました。

 

8. クリス・ハドフィールド

栄誉:NASA特別功労賞、カナダ勲章(カナダで第2位の勲章)

 

クリス・ハドフィールドは、現代の宇宙飛行士の中で最も人気のある宇宙飛行士の一人であり、多くのファンを持ち、ソーシャルメディアでも活躍していることは間違いありません。オンタリオ州南部で生まれ育ったハドフィールドは、子供の頃、アポロ11号の月面着陸のテレビ放送を見て、多大なるインスピレーションを受けました。

 

1978年にカナダ軍に入隊したハドフィールドは、1982年に王立陸軍大学を卒業します。カナダ空軍のテストパイロットとして成功を収め、後年にはアメリカ海軍の交換将校となりました。

 

ハドフィールドは1992年にカナダ宇宙庁に入り、同年にはNASAへの入局が決まっていました。そこで計3回の宇宙飛行を経験します。1995年11月の初の宇宙飛行(STS-74)では、ロシアの宇宙ステーション「ミール」に搭乗した最初で唯一のカナダ人となりました。

 

3回目の宇宙飛行で最後のミッションとなった第35次長期滞在では、カナダ人として初めて国際宇宙ステーションの指揮を執りました。

 

7. ジョン・グレン

栄誉:米国議会宇宙名誉勲章、NASA殊勲賞
偉業:アメリカ人で初めて、および人類で3番目に地球の軌道を周回した宇宙飛行士

 

ジョン・グレンは、輝かしいキャリアを持っています。海軍や海兵隊の優秀な戦闘機パイロット、著名な宇宙飛行士、そして晩年は上院議員として活躍しました。

 

1957年、テストパイロットとしてアメリカ海軍に所属していたグレンは、超音速で大陸横断飛行を行った初めての人物となりました。彼の飛行中に搭載されたカメラは、この種のものとしては初めて、アメリカの連続パノラマ画像を撮影しました。

 

1959年には、NASAから選ばれてアメリカ初の宇宙飛行士を集めた伝説のプロジェクト「マーキュリー・セブン」の一員となりました。マーキュリー・アトラス6号(フレンドシップ7)の打ち上げに成功したグレンは、宇宙に行った5番目の人間であり、地球の軌道を周った最初のアメリカ人となりました。

 

1974年には、宇宙飛行士として初めて米国上院議員に選出されるという快挙も成し遂げています。

 

1998年1月16日、グレンは77歳で宇宙に戻り、宇宙飛行を行った最高齢者となりました。

 

6. サリー・ライド

チャレンジャー号のフライトデッキで管制官と交信するサリー・ライド

 

栄誉:NASA宇宙飛行メダル(2回)、宇宙飛行士の殿堂および全米女性の殿堂入り
偉業:アメリカ人女性初の宇宙飛行士

 

サリー・ライドは、アメリカ人女性として初めて、また女性全体で3人目の宇宙飛行士として宇宙に到達し、世界中の女性にインスピレーションを与えました。アメリカ人宇宙飛行士の中では、最年少で宇宙に到達しました。

 

1978年にNASAに加わる前、サリー・ライドはスタンフォード大学で修士号と博士号を取得しています。博士課程では、X線と星間物質の相互作用について研究しました。

 

ライドはNASAに在籍中、STS-7とSTS-41-Gの2回の宇宙飛行を行いました。3回目のミッション(STS-61-M)も計画されており、彼女は8ヶ月間の訓練を終えていましたが、チャレンジャー号の事故により中止となりました。

 

5. アラン・シェパード

エドガー・D・ミッチェル、アラン・B・シェパード・ジュニア(中央)、スチュアート・A・ルーサ

 

栄誉:米国議会宇宙名誉勲章、NASA殊勲賞(2回)、NASA特別功労賞
偉業:アメリカ人として初めて宇宙に行き、5番目に月面を歩いた人物

 

冷戦下の1957年、スプートニク1号の打ち上げが成功したことで、アメリカは宇宙への野心とソビエトに対する技術的優位性を示す自信を深めました。これを受けて、当時のアメリカ大統領ドワイト・アイゼンハワーはその翌年、米国初の宇宙機関であるNASAを設立しました。

 

第1期の宇宙飛行士は、軍人の中から選ばれ、「マーキュリー・セブン」と呼ばれたことは有名です。そのマーキュリー・セブンの宇宙飛行士の中にいたのがアラン・シェパードです。

 

シェパードは、NASAに加わる前はアメリカ海軍のテストパイロットとして10年以上活躍していました。1961年5月5日、マーキュリー・レッドストーン3号の打ち上げ成功により、彼はアメリカ人として初めて、また人類としてはユーリィ・ガガーリン【後述】に次いで2人目の宇宙飛行士となりました。

 

シェパードは宇宙飛行中、最高高度187.4kmに達し、短時間ながら準軌道【または弾道飛行:大砲の弾のように弧の弾道を描く飛行形態】に滞在しました。また、宇宙飛行士が機体の姿勢を手動で制御した初めての宇宙飛行でもありました。

 

4. バズ・オルドリン

栄誉:NASA殊勲賞、NASA特別功労賞、国際宇宙の殿堂および米国宇宙飛行士の殿堂入り
偉業:月面を歩いた2人目の人物
宇宙での滞在時間:289時間53分

 

「Dr.ランデブー」の愛称で親しまれているバズ・オルドリンは、博士号を持つ最初のNASA宇宙飛行士です。ジェミニ12号に搭乗した初の宇宙飛行で、オルドリンは3回の船外活動を行い、合計5時間以上の時間を費やしました。

 

オルドリンは同僚クルーのジェームズ・ラヴェルとともに、新たに開発された重力勾配安定化技術を用いたドッキング/切り離しなど、十数件の科学調査などの目的を遂行しました。

 

1969年7月21日、アポロ11号の月着陸船パイロット、ニール・アームストロング【後述】とバズ・オルドリンのクルーは、2人で初めて月面に着陸して歩きました。二人は合計で21時間36分を月面で過ごしました。

 

3. ワレンチナ・テレシコワ

レーニン廟にてニキータ・フルシチョフ【元ソビエト連邦の首相】、パーヴェル・ポポーヴィチ【ソ連の宇宙飛行士】、ユーリィ・ガガーリンと一緒に写るワレンチナ・テレシコワ

 

栄誉:ソビエト連邦での数々の民間栄誉賞
偉業:女性初の宇宙飛行士

 

ロシアの宇宙飛行士ワレンチナ・テレシコワは、サリー・ライドより約20年前の1963年6月16日に女性として初めて宇宙に飛び立ちました。現在も最年少の女性宇宙飛行士のままです。

 

ソ連の宇宙開発に参加する前は、地元の繊維工場で組み立て作業をしていましたが、スカイダイビングが好きでした。ボストーク6号での初宇宙飛行後、彼女はソ連宇宙機関を離れて政界に入り、広く知られるようになりました。

 

1966年から1991年まで、様々な法律上の重要な役職を歴任しました。ソ連崩壊後も政治活動を続け、ロシアでは英雄視されています。

 

2. ニール・アームストロング

X-15-1と並ぶ ニール・アームストロング

 

栄誉:米国議会宇宙名誉勲章、米国議会ゴールドメダル、NASA殊勲賞、NASA特別功労賞
偉業:世界で初めて月面を歩いた人物

 

ニール・アームストロングは、間違いなく世界で最も有名な宇宙飛行士であり、いつか宇宙飛行士になることを夢見る若者たちにインスピレーションを与え続けています。1930年にオハイオ州ワパコネタで生まれたアームストロングは、パデュー大学を卒業し、宇宙飛行士になる前には国家航空諮問委員会の委員を務めていました。

 

マーキュリー・セブン計画の後、NASAは新しい宇宙飛行士を募集したいと考え、アームストロングが参加してジェミニ計画の一員となりました。1969年7月16日、アームストロングは バズ・オルドリン、マイケル・コリンズとともに、月面を歩いた最初の宇宙飛行士となりました(マイケル・コリンズは歩いていない)。

 

1. ユーリィ・ガガーリン

栄誉:ソビエト連邦英雄
偉業:人類初の宇宙飛行士

 

有名な宇宙飛行士のリストは、人類初の宇宙飛行士であるソ連の宇宙飛行士ユーリィ・ガガーリンを抜きにしては成り立ちません。ガガーリンは、1955年にソ連空軍の戦闘機パイロットとして徴兵され、その優れた飛行記録によりソ連の宇宙計画に選ばれました。そして、「ソチ6」(ソ連での「マーキュリー・セブン」に相当)と呼ばれる特別な宇宙飛行士グループの候補者に選ばれたのです。

 

1961年4月12日、ボストーク1号の宇宙空間への突入により、ガガーリンは人類初の宇宙空間への到達者となりました。凱旋帰国後、ガガーリンは瞬く間に国民的英雄となり、様々な栄誉を授けられました。ガガーリンは1968年、定期的な訓練中に不慮の事故で亡くなりました。2013年に機密解除された墜落事故の詳細な報告書には、他のパイロットのミスにより死亡したと記載されています。

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