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どこまで速くなる? 世界の最速航空機、歴代トップ12+1

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本記事は、12 Fastest Aircraft In The World | Of All Time
翻訳・再構成したものです。
配信元または著者の許可を得て配信しています。

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読了時間 : 約10分0秒

航空機がこれまでに達成した最速の対気速度は、どのくらいだと思いますか? 10,200 km/h【キロメートル毎時】(6,300 mph【マイル毎時】)以上です。かなり驚異的ですね。ただ、もっと重要なのは、どうやってこのレベルに到達したかということなのです。

 

1930年代後半、初めて完全なジェットエンジンを搭載した航空機(ハインケルHe178)が登場したとき、その最大対気速度は約600 km/hでした。史上最速の記録です。その後、1941年には、世界初の実用ジェット戦闘機であるメッサーシュミットMe262が登場し、航空機が達成した最速の対気速度が900 km/hに到達しました。

 

1940年代から1960年代にかけて、航空業界はエンジン出力と機体構造の安定性に関して大きな進歩を遂げました。これらの改良により、航空機はより高速に、より耐久性を増して運転できるようになったのです。

 

1947年10月14日、アメリカ空軍のパイロット、チャック・イェーガーがベルX-1で史上初の超音速飛行(音速、すなわちマッハ1を超える速度)を実現しました。このとき、機体は最高1,600 km/hを記録しました。しかし、もちろん、世界最速の航空機には到底及びませんでした。

 

この記事では、これまでに製造された最速の航空機のうち、有人機12機、無人機1機をご紹介します。

 

マッハ領域

航空機の速度は、多くの場合マッハ数で測定されます。マッハ数とは、物体の速度と周囲の媒体の光の速度との比率を表す無次元の量です。音速に対する航空機の対気速度によって、マッハ数の異なる領域(マッハ領域)に分類されます。

 

マッハ領域 速度(マッハ数)
亜音速   988Km/h以下 (<0.8)
遷音速   988〜1,482km/h (0.8〜1.2)
超音速   1,482~6,174 km/h (1.2~5)
極超音速  6,174~12,350 km/h (5~10)
高極超音速 12,350~30,870 km/h (10~25)

 

12. ミコヤンYe-66/MiG-21

ベトナム人民空軍のMiG-21(退役)、国立アメリカ空軍博物館にて

 

初飛行:1955年6月16日
最高速度記録:2,175km/h(1,351 mph)

 

MiG-21は、音速の2倍の速さで飛行できる単発のジェット戦闘機です。1959年、昼間しか活動できない廉価な戦闘機として就役しましたが、空中での機動性は高く、未舗装の滑走路での運用も可能でした。

 

現在、世界50カ国以上でMiG-21とその発展型が使用されています。超音速機としては世界で最も多く生産され、戦闘機の中で3番目に長い生産期間を誇っています。

 

MiG-21計画の歴史を通じて、多くの試作機や設計の発展型が生み出されました。そのひとつが1958年に開発されたYe-6TまたはYe-66(非公式)です。この試作機は、後に複数の対空速度・高度記録を樹立することになります。ある資料によると、Ye-6Tの試作機が達成した最高速度は2,681km/h(1,666mph)でした。

 

しかし、量産型MiG-21の最高速度は2,175km/h(マッハ2.05)です。

 

11. コンベアF-106デルタダート

航空自衛隊のコンベアF-106Bデルタダート練習機
画像出典:アメリカ空軍

 

初飛行:1956年12月26日
最高速度記録:2,484km/h(1,544mph)

 

コンベアF-106デルタダートは、アメリカ空軍で活躍した最後の本格的な迎撃戦闘機です。1954年、アメリカ空軍の迎撃計画から生まれ、3年後にエドワーズ空軍基地から初飛行しました。しかしながら、このテストは期待はずれの結果に終わりました。

 

様々な性能上の問題や生産の遅れから、空軍はコンベアF-106の当初の発注数を75%削減し、取得したのは350機未満でした。導入から約2ヵ月後の1959年12月15日、ジョー・ロジャース少佐はF-106の単発世界速度記録(公式)を2,455km/h(マッハ2.39)に更新しました。

 

ただし、コンベアF-106デルタダートの最速対気速度は、同じく1959年に飛行家のチャールズ・マイヤーズが記録した2,484km/h(1,544mph)です。

 

10. スホーイSu-27

スホーイSu-27
画像出典:Vitaly V. Kuzmin

 

初飛行:1977年5月20日
最高速度記録:2,500km/h(1,600mph)

 

1960年代後半から70年代初頭にかけて、F-14トムキャットやF-15イーグルなどの第4世代戦闘機が登場し、アメリカは既存のソ連軍機に対して技術的優位を獲得しました。

 

ソ連は、これに対抗するため、マッハ2以上の速度を持つ高機動戦闘機を開発する「将来の最前線戦闘機」計画を開始しました。この計画は、MiG-29とSu-27で終了しました。

 

スホーイSu-27(NATOコードネーム「フランカー」)は、2つのうち相対的に重くて大きい機体ですが、どちらも異なる戦闘の役割を果たすことができる多用途機です。フラップ、ラダー、エアブレーキなどの飛行制御面を調整するだけでは不可能な極限の戦術的操縦を行うことができる、超操縦型と評される機体です。

 

高度が高い場合、Su-27の最大対気速度は2,500km/h(マッハ2.35)です。

 

9. マクドネル・ダグラスF-4ファントムII

アメリカ海軍戦闘機隊VF-74所属のF-4ファントムII

 

初飛行:1958年5月27日
最高速度記録:2,585km/h(1,606.3mph)

 

超音速多用途機F-4ファントムIIは、1960年代から1990年代までの30年以上にわたって、アメリカ軍の基幹機として活躍してきました。当初は、老朽化したF3Hデーモン(空母艦載機)の後継機として開発されたものの、その高い適応力から、すぐにアメリカ空軍や海兵隊に採用されました。

 

F-4ファントムは16もの世界航空記録を樹立し、そのすべてが就役初期に達成されています。そのうちのいくつかは、1970年代半ばまで破られることはありませんでした。1961年11月22日、スカイバーナー作戦の際、改良型F-4ファントムIIは2,585km/hの速度記録を達成しました。

 

F-4はその大きな機体と大火力のために、MiG-21などのロシアの同型機に比べると重く、機動性に劣るものでした。それでも、この機体は他の国や戦争で広く使用されていたのです。

 

8. マクドネル・ダグラスF-15イーグル

カリフォルニア上空を飛行するアメリカ空軍のF-15C

 

初飛行:1972年7月27日
最高速度記録:2,655km/h(1,650mph)

 

F-15は、マクドネル・ダグラス社(現ボーイング・ディフェンス社)が開発し、約50年前に就役した双発の多用途戦闘機です。導入当初、アメリカ空軍は「1940年代のF-86セイバー以来の米空軍専用制空戦闘機」と銘打ちました。

 

推力105.7kNのアフターバーナー・ターボジェットエンジン2基を搭載し、到達最大速度は2,655km/h(マッハ2.5)です。

 

F-15は、空対空戦闘機としても、地上攻撃機(F-15Eストライクイーグル)としても、空中で圧倒的な力を発揮してきました。湾岸戦争では、空対空戦闘のほとんどに勝利し、高い効果を発揮しました。

 

アメリカ空軍はF-15を最も多く運用していますが、サウジアラビア空軍、日本の航空自衛隊(ライセンス機)、イスラエル空軍など、他の空軍でも不可欠な存在となっています。

 

7. ミコヤン・グレヴィッチYe-152/ Ye-166

初飛行:1961年4月21日
最高速度記録:2,681km/h(1,665mph)

 

1950年代後半から60年代初頭にかけて、ミコヤン・グレヴィッチ設計局によって設計された重迎撃機の実験機で、Ye-150ファミリーの航空機の一部でした。Ye-152試作機の正味重量は12,300kg以上で、同世代のMiG-21F(4,819kg)の約150倍です。これは、より重いアビオニクス【航空機に搭載され飛行のために使用される電子機器】と武装によるものです。

 

この機体には、強力で信頼性の低いトゥマンスキーR-15ターボジェットエンジン(後にMiG-25で使用)が1基搭載されていました。それでも2,681km/hの対空速度を達成することができたのです。ただし、Ye-152が達成した記録はYe-166という偽名で登録されています。

 

6. ミコヤン・グレヴィッチMiG-25「フォックスバット」

MiG-25
画像出典:Dmitry A. Mottl/ Wikimedia Commons

 

初飛行:1964年3月6日
最高速度記録:3,000km/h(マッハ2.8)

 

MiG-25「フォックスバット」(NATOコードネーム)は、1960年代にロシア航空機公社MiGが開発した超音速軍用機です。このジェット機の最大動作速度の限界はマッハ2.8です。より高いマッハ3以上の速度に到達することは可能であるものの、エンジンに永久的な損傷を与えないわけではありません。

 

その卓越した速度と高い巡航高度(23,000m)により、MiG-25は迎撃機および偵察機として運用することができました。MiG-25で達成された最高高度(改造機ではあっても)は、1977年にソ連のパイロットが達成した37,650mです。

 

MiG-25の初期情報解析の結果、西側連合国はこれを迎撃機ではなく、俊敏な戦闘機であると誤解してしまいました。そのため、アメリカはF-15イーグルと名付けた独自の制空戦闘機計画を開始せざるを得なくなったのです。

 

ロシア空軍のMiG-31
画像出典:Dmitriy Pichugin

 

MiG-25の成功にもかかわらず、ソビエトは西側戦闘機と十分な火力で直接交戦できる超音速迎撃機をまだ持っていませんでした。その結果、超音速機の最も重要な点である速度と運用高度を維持したまま、さらなる機能を備えた後継機が導入されました。

 

この新型機はMiG-31「フォックスハウンド」と名付けられ、当時最先端のアビオニクスとレーダー技術を搭載していたほか、前任機と同様の外見と、最も重要である最高速度を持っていました。

 

5. ベルX-2スターバスター

B-50スーパーフォートレスの母船から離脱するベルX-2(下)
画像出典:NASA(NACA)

 

初飛行:1955年11月18日
最高速度記録:3,050km/h(1,900mph、マッハ2.87)

 

ベル・エアクラフト社が、NASAの前身であるNACA【アメリカ航空諮問委員会】およびアメリカ空軍と共同で開発した、マッハ2以上の飛行特性を探求・調査するための研究機です。

 

「スターバスター」の愛称で親しまれたX-2は、翼型にカーチス・ライト社のXLR25ロケットエンジン1基を搭載し、推力67kNという強力なエンジンで駆動されました。

 

1956年7月23日、9回目にして最後のX-2試験飛行を行ったフランク・”ピート”・エベレストは、高度20,764mで3,050km/hという対気速度記録を達成し「地上最速男」と呼ばれるようになりました。しかし、これはベル-X-2での最速記録ではありませんでした。

 

エベレストの記録達成から約2ヵ月後の1956年9月27日、X-2初試験飛行に臨んだパイロット、ミルバーン・アプトは3,369km/h(マッハ3.1)に到達しています。もし、アプトが地上に戻ってくることに成功していれば、この記録は完全なものとなっていたでしょう。しかし、最高速度に達した直後、アプトは機体のコントロールを失い、急降下してしまったのです。脱出が間に合わず、地上に墜落して間もなく、アプトは死亡しました。

 

4. ノースアメリカンXB-70ヴァルキリー

試験飛行前、滑走路上のXB-70Aヴァルキリー

 

初飛行:1964年9月21日
最高速度記録:3,250km/h(2,020mph、マッハ3.8)

 

1950年代半ば、急速に進化する戦略的ニーズにより、アメリカ空軍は核ミサイルを含む重い搭載物を超音速で長距離輸送できる爆撃機(地上攻撃機)の可能性について調査を開始しました。

 

この調査は、「ヴァルキリー」の愛称で呼ばれる実験機ノースアメリカンXB-70に行き着きました。XB-70は、わずか2機しか生産されませんでした。いずれもデルタ翼の配置で、ほとんどがステンレスとチタンでできていました。機体は6基のターボジェットエンジンを搭載し、120キロニュートン(アフターバーナー使用時)の推力を発揮しました。

 

XB-70は実験機として、後期B-1爆撃機やツポレフTu-144計画の開発に重要な役割を果たしたのです。

 

3. ロッキードYF-12

山の上を飛行するロッキードYF-12A

 

初飛行:1963年8月7日
最高速度記録:3,331.5km/h(2,070.1mph)

 

1950年代後半から60年代初頭にかけて、ロッキード社がアメリカ空軍のために開発した試作迎撃戦闘機です。「ブラック」プロジェクトとして開発された実験用偵察機、ロッキードA-12をベースに開発されました。

 

前身機とは異なり、YF-12は2人乗りで、複数の空対空ミサイルとともに火器管制レーダーも搭載できます。1965年5月1日に行われた試験飛行では、最高3,331.5km/hを記録し、世界最速の飛行機として知られるようになりました。しかし、すぐにロッキードA-12をベースにしたSR-71に抜かれてしまいます。

 

YF-12は、現在でも最速・最重量の有人迎撃機として記録を保持しています。

 

2. ロッキードSR-71「ブラックバード」

SR-71「ブラックバード」の俯瞰正面図
画像出典:アメリカ空軍

 

初飛行:1964年12月22日
最高速度記録:3,529.5km/h

 

50年以上前に初飛行した地上最速の航空機です。SR-71がなぜ、どのように誕生したのか、その背景はかなり複雑でした。それは、ほとんどのレーダーに探知されずに活動でき、かつ、当時のどの飛行機よりも速い偵察機を開発しようというものだったのです。その設計を担当したのが、ロッキード社のスカンクワークスという軍事プロジェクトのための先端研究機関でした。

 

SR-71は、その速度と超高度での運用能力から、アメリカ軍の空中におけるほぼ無敵の戦力でした。SR-71の最高到達高度25,929mは、当時の地対空ミサイルがほとんど効かない高さでした。

 

SR-71の愛称は「ブラックバード」が最も有名ですが、「ハブ」などの別称で呼ばれることもあります。30年以上にわたって活躍したSR-71ですが、生産されたのはわずか32機でした。

 

1. ノースアメリカンX-15

飛行中のX-15
画像出典:NASA

 

初飛行:1959年6月8日
最高速度記録:7,274km/h(4,520mph、マッハ6.7)

 

1967年10月3日、アメリカの宇宙飛行士兼テストパイロット、ウィリアム・”ピート”・ナイトは、7,374km/hというマッハ7に迫る驚異的なスピードで飛行し、世界に衝撃を与えました。有人航空機の最高速度記録としては、今も破られていません。

 

彼が搭乗した機体が、伝説の高速実験機「Xプレーン」シリーズのひとつで、ノースアメリカンX-15と呼ばれるものでした。他の多くのXプレーンと同様、X-15は「母船」の力を借りて空中で発進しました。

 

当初はベルX-1の動力源であったXLR99エンジンを改良したものを搭載し、27kNの推力を発揮していました。その後、より強力なロケットエンジンに交換され、250kNの推力を発揮するようになりました。X-15は尾翼のデザインが独特で、極超音速でも安定性を保つことができたのです。

 

NASA X-43

 

NASA X-43Aの概念
画像出典:NASA

 

最高速度記録:マッハ9.6

 

X-15はマッハ6.7で、現在でも有人飛行の最速記録を保持していますが、無人飛行に関しては、そのハードルははるかに高く設定されています。史上最速の無人飛行機は、極超音速飛行の空気力学を研究するために開発された実験機、X-43です。1990年代後半に開始されたNASAのハイパーX計画の一環でした。

 

2001年に極超音速への初挑戦が失敗したX-43は、2004年3月の2回目の試験飛行でマッハ6.8を達成しました。2004年11月16日に行われた3回目の飛行では、マッハ9.6(10,240km/h)という驚異的な対気速度に到達しています。いずれの飛行も、高度13,000mのB-52ストラトフォートレス【戦略爆撃機】から発射されました。

 

当初、ハイパーX計画はさらに試験を行う予定でしたが、X-51ウェーブライダーと呼ばれるスクラムジェット実験機の導入により、最終的に打ち切られました。

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